Masuk翌朝。
陽奈のほっぺに柔らかいキスを落としながら、「朝よ」と声をかけると、私の小さな宝物は、ぱちりと大きな目を開けて小さく欠伸(あくび)をした。「……ん、おはよう、ママ……」 まだ眠気の残る声で陽奈が寝返りを打って私の胸に顔をうずめてくる。 抱き寄せると、小さな体のぬくもりが胸にしみて、なんとも言えない安堵が広がった。 今日もこの子と一緒に朝を迎えられた。 神様、ありがとうございます。 それだけで奇跡みたいな朝になる。 身支度を整え、朝食を済ませ、陽奈を保育園へ送るためにマンションの玄関を出たところで、エントランスに立つスーツ姿の真人さんが目に入った。 朝の光を受けて彼のジャケットが眩しく光っていて、まるでどこかのドラマのワンシーンみたいだった。 思わず見惚れてしまう。真人さんがかっこよすぎる…&h家に戻れることになったので、早速家に戻った。 もうストーカーからは連絡がない。もかちゃんは警 察に預けたし、この家に盗聴器などの類はないと信じたい。 注文した宅配オムライスの夕食をすませ、陽奈と一緒にお風呂に入った。 陽奈の保育園の話をたっぷり聞いて、お風呂から上がってパジャマになって、髪を乾かした。「しゃちょーさーん」 陽奈がタタタッと真人さんの方へかけて行った。「じゃあ、そろそろお泊まり会の準備をしようか」 真人さんが陽奈を抱っこしてくれて、そのまま私に微笑んだ。「……本当に、いいの?」「もちろん。今日は三人で寝ようって約束しただろう?」「でも、真人さんの寝室にまでお邪魔するなんて……」「葵さん」「……なに?」「遠慮禁止」「あ……」 また言われてしまった。「それに、僕だって一人で寝るより、みんなと一緒の方が楽しそうだと思ってるんだ」「しゃちょーさんも、おとまりかいしたいの?」「うん。実はお泊り会って初めてなんだ。すごく楽しみで」「ええっ!?」 陽奈が目を丸くした。「しゃちょーさん、おとまりかいしたことないの!?」「ないんだよ。だから、陽奈ちゃんが僕に教えてくれる?」「いいよ! ひな、おとまりかいのせんせいになる!」「それは頼もしいな」「まずね、おふとんをならべるの!」「なるほど」「それから、みんなでおしゃべりするの!」「ふむふむ」「それからね、ないしょのおはなし!」「秘密の話?」「そう! ママにはないしょ!」「えっ、ママは仲間外れ?」「あ、きょうはママもいっしょだ!」「じゃあ、誰に内緒なの?」
「では、お部屋までご案内いただけますか?」「僕が案内します」 真人さんが立ち上がった。「葵さんは、陽奈ちゃんとここで待っていて」「……はい」 私は陽奈を抱き寄せた。「ママ、もかちゃんは?」「……うん。今、検査してもらうからね」「げんきだといいね!」「……そうだね」 私は笑って頷いた。 どうか今度こそ、何もありませんように―― 陽奈と話をしながら待っていると、真人さんと刑事さんが戻ってきた。「……真人さん!」 私は立ち上がった。「どうだった?」「部屋の中に、誰かが入った形跡はなかったよ」「……本当?」「うん。玄関の鍵も問題なかった」「……よかった」 ほっと胸を撫で下ろす。「それで、もかちゃんは……?」 刑事さんが口を開いた。「ぬいぐるみは、念のためお預かりして詳しく調べることにしました」「……そうですか」「現時点で、目立った異常は確認できていません。ただ、詳しい検査が必要です」「……はい」 私は小さく頷いた。 新しいもかちゃんまで、警察に預けることになるなんて。 陽奈には申し訳ないけれど、安全のためだもの。 仕方ないよね。「もかちゃん、まだかえってこないの?」 陽奈が不安そうに聞いた。「うん。もう少しだけ待っててね」「……うん」 しょんぼりする陽奈を、真人さんが抱き上げた。「陽奈ちゃん。
いや、待って。 元夫が陽奈を取り返そうとしているなら、どうして私の下着が盗んだんだろう? それに、もかちゃんに隠しカメラを仕込むなんて、あの人がするかな。 そういうことには疎い人だったし、違うと思いたいけど……。 わからない。 考えれば考えるほど、誰もが怪しく思えてしまう。「はぁ……」 思わずため息が漏れた。「葵さん?」 隣に座っていた真人さんが、心配そうに顔を覗き込んでくる。「大丈夫?」「……はい。でも、誰が犯人なのか考えていたら、頭がぐちゃぐちゃになっちゃって」「そうだね。今は情報が少なすぎる」「……うん」「ただ、ひとつ言えることがある」「なんですか?」「犯人は、僕たちが今日もかちゃんを買ったことを知っているってことだ」「……はい」「でも、知っているのが花菱だけとは限らないよ」「え?」 どういうことだろう。「店の中で見られていたかもしれないし、誰かがその話を聞いた可能性もある」「……そっか」 確かにそうだ。 花菱さんがいたから、どうしてもあの人を疑ってしまうけれど。 他にもお客さんはいた。 店員さんだって、何人かいた。「だから、今は決めつけずに警察の調査を待とう」「……はい」 真人さんが私の手を握った。「大丈夫。ひとりで考え込まなくていいからね」「……ありがとう」 その手の温かさに、少しだけ気持ちが落ち着いた。すると――「ママぁ」
「葵さん。少しだけ、ここで待っていてくれる?」「え?」「部屋の様子を確認してくる。何もなければそれでいい」「で、でも……」 真人さんが一人で部屋に戻るってこと? もし、まだ誰かが潜んでいたら?「危ないからやめて欲しい」「大丈夫。部屋の中には入らず、まず玄関から確認するだけにする。何かおかしければ、すぐに警察を呼ぶよ」「……うん」 真人さんは私を安心させるように微笑んだ。「陽奈ちゃんと一緒にいてね」「わかった……」 真人さんが立ち上がる。 その時、陽奈が私の袖を引っ張った。「ママ、もかちゃんは?」「……え?」「もかちゃん、おるすばんしてるの。おむかえにいかないの?」 どうしよう。 あのぬいぐるみを、また陽奈に持たせるなんてできない。「もかちゃんは、もう少しお留守番してもらおうね」「ええー! ひな、もかちゃんとねんねする!」「ごめんね。今日は……」「やだぁ!」 陽奈が泣きそうな顔になる。 さっき、あんなに喜んでいたのに。 せっかく真人さんが買ってくれた、大切なプレゼントなのに。 どうして、こんなことになっちゃうの?「陽奈ちゃん」真人さんがしゃがんで、陽奈と目を合わせた。「新しいもかちゃんは、今日ちょっと検査してもらうことになったんだ」「けんさ?」「そう。元気かどうか、調べてもらうんだよ」「もかちゃん、びょうき?」「ううん。病気じゃないよ。今悪い病気が流行っているから、念のための検査だよ」「……そっかぁ」 陽奈がしょんぼりする。
エレベーターの扉が開くと同時に、真人さんが急いで降りてきてくれた。隣には陽奈もいる。「葵さん!」「……真人さん!」 真人さんだった。 片手にはスーパーの袋。 もう片方の手には、陽奈の手を握っている。「ママぁ!」 陽奈が私を見つけて駆け寄ろうとした。 けれど、真人さんがそっと引き止める。「陽奈ちゃん、ちょっと待ってね」 そして、私のところへ急いで来てくれた。「葵さん、大丈夫!?」「ま、真人さん……!」 顔を見た瞬間、張りつめていたものが切れた。 私は真人さんの胸に飛び込んだ。「怖かった……!」 ぎゅっとしがみつく。ポロポロと涙がこぼれた。 真人さんが私を抱きしめてくれた。「ごめん。ひとりにして」「ううん……! 違うの……! 真人さんのせいじゃない……」 言葉がうまく出てこない。 真人さんは、何も聞かずに背中を撫でてくれた。「もう大丈夫。僕がいるから。陽奈ちゃんもいるよ」「っ……!」「怖かったね」 その言葉に、また涙が溢れた。真人さんの胸に顔を埋める。 温かい。真人さんの腕の中にいると、ようやく息ができる気がした。「ママ……だいじょうぶ?」小さな声が聞こえた。 はっと顔を上げる。 陽奈が、不安そうに私を見つめていた。「ママ、ないてるの?」「あ……」 しまった。 陽奈の前なのに。「ご、ごめんね
「いやあああああっ!!」 思わず悲鳴を上げた。 スマートフォンを放り投げそうになり、慌てて握り直す。 なに? なんなの、これ!? どうして新しいもかちゃんのことを知っているの!? 震える指でもう一度メッセージを確認する。『新しいもかちゃん、陽奈ちゃんは気に入っているのかな?』『前のもかちゃんの方がいいと思うけどなぁ』 前のもかちゃん。 それって……。 隠しカメラが仕込まれていた、あのもかちゃんのこと!? ぞわっと鳥肌が立った。 前のもかちゃんは、もう警察に押収された。 カメラのことがバレたと知って、私を脅しているの? それとも……。「……っ!」 私はゆっくりと顔を上げた。 ソファに座っている、新しいもかちゃん。 真っ白なウェディングドレス。 ピンク色のリボン。 そして、黒くて丸いガラスの目。 その目が、まっすぐ私を見つめている。「ひっ……!」 思わず後ずさった。 違う。 ただのぬいぐるみ。 今日買ったばかりの、新品のもかちゃん。 でももし、またカメラが仕込まれていたら? 今も誰かが、私を見ていたら?「いや……」 怖い。 怖い、怖い、怖い! 私はスマートフォンを握りしめたまま、玄関へ走った。 ここにいたくない! 一秒だって、いたくない! 靴を履こうとして、うまく足が入らない。恐怖で体が震える。「っ……!」 もう、な







